少し昔話でもしてみようか。

ボクは何をしていたかと言うと、日課として兄のパソコン画面を横から眺めていた。

七つ年上の兄貴は延々とマウスをコチコチしてはぼーっとして、たまにキーボードを触ってた。

それが、キャラクターがモンスターを倒したり、誰かと文字で会話してるんだと気づいた。

どっかで聞いたことのある、オンラインゲームと言う奴だ。

当時のボクは正に暇を持て余していたので、しょっちゅうそれを見ていた。

今も、ボクのパソコンの中に入ってる。

どれぐらいの期間、パソコンの横がボクのポジションだったのかはもう忘れてしまったが

中学三年生の冬休みに入る少し前、兄はボクに「やるか?」と聞いた。

いつかはそう聞かれるだろう事はわかってしまっていたので少し困った。

やりたいのは山々だ。でも自分では出来ない。でもこのまま放って置いたら多分やらせてくれる。

そんな事をボクが考えられるって事を、兄も判ってるだろう。

でもボクはそれを判ってても、自分からやらせてとは言わなかった。

なので、聞かれると困る。

とりあえず首を縦に振った。

初めてボクがラグナロクをやった時の事は、死ぬほどよく覚えている。

兄の部屋にあるアンソロジーだとか公式データブックみたいなのはよく読んでいたからだ。

頭の中の想像でしかなかったそのことを実際にやってみた。

初めて自分の足でその世界に立って、初めて聞いたのは、雪のフィールドの音楽だった。

街はクリスマス一色で、ボクはプロンテラの協会よりも更に北西の庭みたいな所に生まれた。

まったく他人のアコライトが座っている横を通り過ぎるだけで緊張したものだ。

あぁ、思い出してきた。本当に今思うと、あの頃の自分がやってたラグナロクは

当時の自分の居場所だったんだって。

何もかもが刺激的だった。つまらない事も感動で塗られていった。

初めて出来た友達はいい奴だった。二人。

今どこで何してんだろうなと思う。

当時そいつらはどっかのギルドに一緒に入ってて、でもボクは自分でギルドを作るまでは

どこにも入らないって言って、初心者の頃をずーっと一人で過ごしてた。

入ったらとりあえず二人にWISして、いたら一緒に狩りに行った。

誰もいなかったら一人で狩りにいった。なんでそんな事してるのかはわからなかった。

ただそうしたかっただけ。行った事のないマップに歩いていってみて、ドキドキしながら殺されて

探検してた。

いつからか、友達がたくさんになっていった。いっぱいの友達と遊ぶようになって

ボクはなけなしの金でエンペリウムを買ってギルドを作って

そこでボクは一旦、ラグナロクの世界からいなくなった。

兄が引越して、ボクはパソコンを持っていなかったからだ。

高校に入って間もない頃だった。ボクはすぐバイトを探してパソコンを買った。

それから、また皆と遊べるようになるまでの数ヶ月。

本当に欲求不満で嫌だった。ラグナロクの事ばっかり考えてた。

いつしか皆と一緒に遊ぶようになると、どこか前ほどのめりこめない自分に気がついていた。

多分、その離れてた数ヶ月が長すぎたからだと思う。

ほんの数ヶ月だったと思うけど、でもとてつもなく長かった。

帰ってきた世界では、皆ボクよりもレベルが高くなっていて

最初仲がよかった二人もそれぞれ別のギルドにいるサブキャラとかも育てていて

ボクがいない間に色々ありすぎた世界で物凄く寂しい気持ちになった。

でも間違いなく、とても幸せで、満たされている時間だったと思う。

けどそれも長くは続かなかった。些細な事でイライラするようになったし

レベルが上がらない事が苦しかった。皆と喋っても昔みたいには笑えなかった。

そのうち皆どこかへ行ってしまった。どんどん会う機会が少なくなった。

最後まで一緒にいてくれた人も、とうとういなくなってしまって

それでもそのゲームをやり続けていた。なんでそんな事してるのかはわからなかった。

本当に少なくなってしまった友達とは、それでも遊んでいた。

ガヤガヤワイワイ喋ることは無くなってしまったけど、その代わり新しい友達も出来た。

ボクの最初の頃に出会った友達が全員いなくなってしまったくらいの、丁度その頃

ボク達がいつもいる場所に近い場所で、いつも集団で喋っている人達。

友達の誰かが、いつの間にかそっちの人と遊ぶようになっていたので

ボクも一緒に遊ぶようになった。そこで、またうれしくなった。

だってボクが亡くしてしまって、もう絶対戻らないだろうなって思ってたものが

まだここにはちゃんとあった。でもそこにボクが割り込むのはなんだか気が引けて

でも楽しくて楽しくて仕方なかった。

皆に会いたい。もう一度昔みたいに何も判らないで、胸をときめかせたまま旅をしたい。

そんなこと絶対に出来ないから、悲しい。

新しいグループの友達はまだいるんだろうか。

ボクはまた長い間ラグナロクから遠のく事になった。

初めてから、五年。最後にやってから、一年過ぎた。

また皆、皆以上にボクが変わってしまっただろうか。

また、前みたいに楽しくないな、なんて思うことになるんだろうか。

そしたら今度こそ、もう何もない。

今でもあの時聞いた冬の街のBGMを聞くと、いっぱいいっぱい思い出す。

チャットを立てて靴下を売ってお金に換えた事。三人でボロボロになりながら狩りしたこと。

あの時みんな、どんな気持ちでラグナロクやってたのかな。

ボクは、幸せでいっぱいだったと思う。

今は、もう無理。

キャラクターの事。プレイヤーの事。街の事。マップの事。

なんでも知りすぎてしまった。

自分の足で行かなくても、調べれば判ってしまうって、知ってしまった。

時間は絶対に戻らない。楽しかった思い出は宝物になるだけ。

だからこそ言いたい。

あの頃に戻りたい、って。

これで昔話はお終い。この先に未来があるのかどうかは、ちょっと判らない。

でもきっとボクはラグナロクをやり続けるだろう。

そして、茄、老師、また出会えたらいいね。